1. 大自然、真只中



人間は、大きすぎるショックを受けると、その前後の記憶を失うのだという。
だから私は、あの衝撃の後、何があったのかも。最後に見た筈の両親の表情も。何も、覚えていない。

気がついたときには、仰向けになって轍の中に埋もれていた。
ものの焼けるにおい。
空を流れる雲がやたらに速いと思ったら、それはぶわぶわと流れて行く黒い煙で。
どうにかして周りを見渡したいが、体が動かない。
またぼんやりと、意識が遠のいてきた。

がさっ ざ ざ

・・・誰かの、足音だろうか?
助けを求めようと声を出そうとしても、頭がぼんやりしてうまく声がでない。
もがくうちに、意識が再び、闇に沈んで行く。
がさがさした大きな手が、頬に触れた気がした。


どの位の時間が経ったのだろうか、目は覚めたけれど、まだ頭の中がぼんやりとしている。
岩の天井に、オレンジ色をした焚き火の影が踊っている。
洞窟の中で、仰向けに寝かされているようだ。

がじゅ、ぶぢぃ、ぶじゅ、ぶじゅ  
・・・なんの音だろう。水気のあるものを引き千切る音。行儀の悪い咀嚼音のようにも聞こえる。
すぐ横に誰かが座って居る。自分をここまで運んでくれた人だろうか。
上半身を起こして、どんな人なのかを、見た。

「気ガつイた、カ?」
「・・・・・・ひっ!?」

血塗れの、何かの肉塊。そしてそれを食いちぎる、緑の鱗を纏った異形。
口の周りからは真っ赤な血が滴っている。
まず、恐怖に襲われた。怖い。怖い。恐ろしい。逃げないと。
逃げる事しか考えられなくなり、思考が全く纏まらなくなる。
次に襲いかかったのは、猛烈な違和感。
足が脈打っているような感覚がした次の瞬間、激しい痛みが足を襲う。
右足がうまく動かない。木片が結わえつけられている。動かそうとして激痛が走った。
痛い、痛い、痛い、痛い、嫌だ、助けて。

蜥蜴がこちらに向けて、鱗に覆われて鋭い爪の生えた手を伸ばしてくる。
「足、怪我シてる。動ク、痛イ。」
牙が並んだ蜥蜴の口から、人語が発されている。
だが、錯乱した脳はそれを理解することができなかった。

「ひっ・・・いや、いやぁああ!! 来ないで!! 化け物!!!」
「ばケ、も・・・?」

這いずりながら、洞窟の外へ。外はすでに日が暮れて真っ暗だが、そんなことを気にはしていられない。
なんとか立ち上がり、足を引き摺って森の中へ。
「・・・っはあ、はあ、はあ・・・っ。」
どうやら、追ってはこないようだ。
・・・あれは一体、何だったんだろうか。人間のような体格の大蜥蜴?成人男性ぐらいの背丈の?
馬鹿げている。空想の世界でもあるまいし。
それでも足の痛みは、これが悪夢ではないという現実を否応にも突きつけてくる。

「誰かっ、誰か・・・!」

必死で呼んだ。必死で叫んだ。
こんな密林の中で、一体誰が助けてくれるというのだろうか。

それでも、誰もいないと分かっていても、呼ばずには、叫ばずにはいられなかった。









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