『博士ぇえええっ!!』

「なあに? ロイ。起き抜けに大声なんか出しちゃって。」
『・・・博士・・・?』

目の前に、博士が居た。

再びの、起動。
もしかしてあれが、夢。それも、悪夢というものだったのだろうか。
だとしたら、夢なんてもう二度と見たくない。
二度とあんな馬鹿げた事をするものか。

僕は周囲の状況を確認した。
いつもと変わらない、無機質な研究所の一室。
博士は真っ白な白衣を着て、僕の前に立っている。

・・・研究所?
確か僕らは、洞窟の中に居たのでは無かっただろうか?

『博士、此処は、何処ですか。僕達は確か、洞窟に居た筈では。』
「何言ってるの、ロイ。 メモリの異常? それとも、昔の夢でも見てた?」

・・・昔?

「ここは、私達の『家』じゃない。忘れたの?」

確かに、僕が生まれたこの場所は、家と言え無くも無いかもしれない。
でも、この場所は・・・

『ぱーぱぁ。』

唐突に、足下から声が聞こえた。

・・・ぱぱ?

「あら、この子ったらパパに遊んで欲しいのね。」

足下に、小さな僕が居る。
いつから居たのか、全く検知出来なかった。
余程優れたステルス機能を備えているのだろう。

『・・・博士、この機体は、僕の後続機ですか?』

だとしたら、随分と大胆な小型化に踏み切ったものだ。
諜報活動用の機体なのだろうか。

「ロイ、そんな事も忘れてしまったの?」

博士は、呆れたような、不審そうな顔をして言った。

「私達の、娘よ?」

ぱぱ、パパ、父、親? 娘? 僕の?  博士との?
一体いつの間に? 僕には全く身に覚えがない。
いや、そもそも、どのような身の覚えがあればいいというのだろうか。

『・・・博士、やはり生物学的に考えて僕と博士との間に子供が出来る筈が・・・』
「あら、ロイったら。」

「天才に不可能は無いのよ?」

博士は、この上なく幸福そうに笑っていた。
成る程、了解した。博士に不可能は無い。
だって博士なのだ。博士に不可能など、あろう筈が無い。
やはり、博士の言う通り、メモリの異常で記憶が混乱しているだけなのだろう。

『ぱぱぁ、だっこ!』

はしゃぐ声は、確かに幼い女の子の声。
僕に向けて懸命にマニピュレータを延ばし、だっこをせがんでいる。

「ほら、だっこしてあげなさい。」
『りょ、了解。』

何故だか自信が無いが、僕の娘なら、だっこぐらいしてあげるのが道理だ。
僕はゆっくりと、小さな僕の娘にマニピュレータを伸ばす。
娘はその緩慢な動きがじれったいのか、ぴょんぴょんがしょがしょと跳躍して僕を急かす。
その仕草に、博士に感じるのとはまた違った愛おしさを感じる。

僕と同じ色をした、しかし小さなその装甲に触れたと思った瞬間、僕の意識が揺らめいた。


・・・・・・ああ、これもまた、夢だったのか。


そしてどうやら、休眠の時間が終了するらしい。
外殻の起動と共に、僕の意識が引き戻されてゆく。蒸着するかのように、意識が外殻へと貼りついてゆく。
この夢はもう暫く見ていたかったけれど、もう、戻らなくては。
本物の博士が、待っているのだから。


三度目の起動。どうやら今度は本当に起動したらしい。
外殻の感覚が鮮明だ。

僕は周囲を確認した。
ちゃんともといた洞窟の中居るし、センサーに敵の反応は無いし、戦闘が行われた痕跡も無い。
無論、見知らぬ第三者の存在も無い。

「おはよ、ロイ。」
『おはようございます。博士。』

そして、博士が居る。

「・・・どうしたの? 変な夢でも見た?」
『・・・少し、怖い夢と、幸福な夢を。』

予想もしなかった絶望と、予想もしなかった希望を。

よくよく記憶を探れば、先程の夢に出て来た男性には見覚えがあった。
以前立ち寄った図書館に置かれていた科学雑誌の、表紙を飾っていた男性だ。
何故、見覚えが無いなどと思ったのだろう。やはり、夢だからだろうか。
いや、それよりも、天才に不可能は無いのよと言われて、何故僕は納得したのか。
通常の思考では有り得ない発想だ。羞恥心に苛まれる。


「・・・悪夢は人に話すと良いって聞いたことがあるけど、話してみる?」
『夢を見たという事自体には、疑問は無いのですか。』
「まあね。・・・でも、どんな夢だったのかは興味あるけど。」
『・・・黙秘します。』
「けち。」

博士は残念そうだが、博士に置いて行かれた夢と、博士との間に子供が出来た夢だなんて、言える訳が無い。
・・・次に見る夢が、博士に報告できるような内容ならばいいのだが。

「さて、もう出発しないとね。」

背中によじ登った博士の言葉に頷き、出発の準備をする為に歩きだそうとして、最初に見たあの悪夢が脳裏に蘇
り、得体の知れない負荷が掛かって足が竦んだ。
只の夢。深層的な意識磁場が記憶を合成して見せた幻だったというのに。
我ながら、なんという情けない兵器なのだろうか。怖い夢を見て、怯えているとは。

『・・・博士・・・、僕は、博士と一緒にいても、いいのですか?』

万感の思いを乗せて、僕は博士に問う。
夢のことは話せないが、答えを聞くまで、動けそうになかった。
僕の様子に何かを察したのか、博士は僕の背中でぺたりと俯せになって、僕の頸の装甲を抱きしめた。
その頼りのない細い腕が、僕に、計り知れない安堵をもたらす。

「当たり前じゃない。ずっと一緒よ、絶対に。」

その一言に、得体の知れない負荷は、瞬時に融解した。



・・・ああ、この絶対が、ずっと僕のものでありますように。

その為にも今日もまた、博士を守ろう。

絶対に。










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