「ロイ、おはよう。」
『博士・・・?』

周囲を確認した。
休眠に入る前と、何ら変わった様子は見られない。
どうやら僕は何事もなく再起動したらしい。
博士は無事だし、センサーにも敵の反応は無い。
夢というものを僕が見られないという事が少し残念だったが、何事もなく起動出来たのだ。問題は無い。

「・・・どうかした?」
『いえ、何も。おはようございます。・・・休眠は無事に完了しました。出発しましょう。』
「ええ、そうしましょう。・・・でもね?」
『・・・でも? 何か、問題が発生したのですか?』

「あなたとは、ここでお別れよ、1号。」

博士は、研究所に居た頃のような、冷たい、冷たい目をしていた。

『はか、せ・・・?』

言語の処理が進まない。意味が理解出来ない。処理が追いつかない。どういうことだ、どういう、どう

「お別れよ。あなたは置いていく。わたしはこの人と行くわ。」

気が付けば博士の後ろに、見たことのない男性が立っている。
おかしい。僕のセンサーに、博士以外の人間の反応など無かった。

『誰、ですか? その男性は。』
「誰でも良いでしょう。あなたに関係無いもの。」

そう言って博士は、男性の腕に細い腕を絡ませ、抱きついた。

「だってあなたは人間じゃないもの、兵器だもの、機械だもの、金属だもの。冷たくて、醜くて、愚かで、怖ろしくて、
歪だもの。」

博士は僕を見据えていながら、僕を見ていなかった。

「あなたなんかより、この人の方がずっと素敵。」

男性が屈んで、博士と男性の顔の距離が縮まった。
その距離が無くなる瞬間を信じたくなくて眼を逸らせたが、逸らせない。
僕の眼が、僕の制御を受け付けない。
アイセンサーごと、電子頭脳が焼き潰れてしまえばいいとすら願った。

や、めて、ください。
見たくなん、か、ない。
僕に、見せないで、ください。
なぜですか・・・はかせ・・・。はかせ・・・。

「さあ、行きましょう。」

博士は男性の目を見つめ、歩き出す。
その眼差しは、いつも博士が僕に向けてくれるものよりも、優しげに見えた。

『待って・・・ください、・・・僕にも、博士を守らせてください。』

盾でも、弾よけでも、なんでもいい。
博士がその男性しか見なくたっていい。
せめて、博士の側に・・・。

「あら、駄目よ。1号。」
『・・・なぜ、ですか。』

僕は、博士が造った兵器だ。博士の役に立てない訳が無い。
博士の為なら、壊れるまで戦ったって惜しく無い。
博士が望むなら、敵陣の中で自爆だってしてみせる。
なのに何故。


「そんな体で、付いて来れる訳、無いじゃない。」


『え・・・。』

制御を受け付けなかった筈のアイセンサーが、何故か今更、正常に作動した。
だが、送られてくるこの映像は、何かのバグなのだと思いたかった。

僕の六本の脚が全て根本から折れ、無造作に転がっている。
折れた脚に付いていた眼が、僕を見ていた。

そんな、有り得ない。なんで、どうして、

「それじゃあさようなら。1号。」

『は、かせ、待ってください!』

僕の言葉に、博士はもう振り向いてもくれない。
脚をもがれた虫のような僕は、マニピュレータを総動員して、必死に地面を這いずって進もうと試みた。
小型と中型のマニピュレータが地面を削り、背中の大型マニピュレータが地面を掴み、抉る。
だが、まるで、地面に釘で打ち付けられているかのように体が動かない。

嫌だ、博士、僕は 僕は ぼくは 

更に力を加えた。
ぎしりと大きく撓んだマニピュレータが、まるで腐食したかのようにぼきりと折れ、風化していくようにぼろぼろと崩
れる。

『博士!!』

博士はどんどん歩いていってしまう。洞窟の外へ。僕を置いて。あの男性と。

『待って、待って、ください、博士っ、はかせぇえええーーー!!!』


視界が、逆光に白く、染まる。










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