5. 深層の 幻覚



『以前の事もあります。一応、準備はしましたが、危険を感じたらすぐに、僕を置いて逃げてください。』
「嫌。」
『・・・博士。』
「・・・そんなに不安しなくても、大丈夫よ、多分。」

多分じゃ、駄目だ。絶対の確証が欲しい。
しかし、絶対なんてものが手に入った試しなど、無い。

僕は普段睡眠を取らなくとも活動が可能だが、数ヶ月に一度、機体の機能維持の為に丸一日の休眠を取らなくて
はならない。
僕の意識磁場自体は保持されたままだが、外殻の機能は完全に停止する。
その間、僕は外部に対して何も出来ない、只の金属の塊になってしまう。
無論、博士を守ったりなど出来よう筈もない。

以前、休眠の間に襲撃を受けた時の事は思い出すだけでぞっとする。
岩場の窪地で休眠に入って再起動した時には、僕の装甲に弾丸が雨のように降り注ぎ、博士が僕の体の下で血
を流してうずくまっていたのだから。
幸いにも命に別状は無かったが、僕の起動がもう少し遅かったなら、あのまま博士を失ってしまっていただろう。

今回は、場所も選びに選んだ。
この天然の洞窟の奥には、博士のような小柄な人間程度しか通り抜けられない抜け道が幾つも存在し、大柄な人
間や機械は通れない。
出口の場所も既に把握している。
念には念を入れ、博士が通れる程度の空間を残し、僕の体で通路も遮った。
弾避けと時間稼ぎにしかなれないかもしれないが、僕が起動するまでの時間さえ稼げればそれでいい。
最悪、博士が逃げられれば僕はそれでいい。
それに最近は、敵との遭遇頻度も減っている。

安心出来る要素はいくらあっても困らない。

心配し続ける僕の頭部を撫でて、博士は微笑んでいる。
なんだか、ぐずる子供のような扱いをされた気がして、少しばかり恥ずかしい。

「私なら、大丈夫だから。・・・おやすみ、ロイ。」
『・・・お休みなさい、博士。』


僕の外殻の機能は、完全に休止した。
視界すらも遮られた殻の中に、僕の意識だけが存在している。
内部データやキャッシュデータの整理整頓も、普段から細々とやっているからすぐに終わってしまった。
こうなってしまうと、何もやる事が無い。
この状態の僕がいくら足掻こうとも、休眠の時間は短くはならないのだから。

不安だ。そして、退屈だ。
以前は退屈なんて、概念すらも知らなかったのに。
何もしないでいる事が、何も情報を得られない事が、とても退屈だ。

人間は、眠っている間も退屈しない。
僕と違って人間は精神も休息し、夢というものを見られるから、人間は眠っていても退屈しないのだろう。
機械の僕でも、夢を見ることは可能だろうか。
夢とは、過去に見た風景や人物が深層心理等によって歪められ、不可思議な幻覚として投影されるものらしいと
は聞いたことがある。

だとしたら、博士の夢を、見られたりするのだろうか?

試しに、意識磁場のレベルを下げて、無意識領域の領域配分を、一時的に広げてみよう。
人間の、夢に近いものが、み れるかも、し  れ、  な 










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