『博士、只今帰還しました。』

洞窟の入り口で軽く身を震わせ、雨水を弾いた。
博士からの返事はなかったが、小さく頷いたようなので起きているのだろう。

『先程飛ばされたビニールシートを回収してきました。それと・・・』

ビニールシートを博士の横にどさりと置いた。
果物や木の実、木イチゴ等が、ビニールの中にくるまれている。

『食欲の無い時には目先を変えたものがいいと判断して採集してきました。』

しかし博士は、それを一瞥すると、顔を背けた。

「・・・いらない。」
『しかし、何か摂取しなければ、体がもちません。食べるべきです。』

僕は若干語気を荒げた。
博士がのそりと起き上がり、僕とビニールシートを交互に見てから木イチゴに手を伸ばした。
赤いつぶつぶとした果肉を咀嚼し、飲み下す。

「すっぱい。まずい。」

少なからず良い感想を待ち望んでいた僕に投げかけられた言葉は、この上なく素っ気ないものだった。
そんな筈は無い。
きちんと熟したものを選び、糖度も計測して、申し分のない大きさのものを選んで採集してきたはずだ。
博士の嗜好だって、こういうものを好む傾向にあるのは知っている。
もしかしたら、何かの心理的要因で木イチゴが嫌いだったりしたのだろうか?
そんな疑念を抱いたが、結局、果物を食べても木の実を食べてもあまり良い感想は出ず、僕は博士の素っ気ない
言葉に打ちひしがれていた。
違う意味で、焼夷弾に炙られたくなった。

「まずいから、もう採ってこなくていい。」
『・・・了解。』

何となく居心地の悪さを感じ、博士から離れて洞窟の入り口側に行こうとした。
が、方向転換の為に回って後ろを向いた時、後ろ左脚を掴まれた。

『・・・博士?』

脚に付いている眼の位置を下げて博士を見ようとしたが、博士の手が即座に眼を覆ってしまった。
一瞬だけ見えた博士の顔は、赤かった。熱のせいだろうか。
博士が毛布ごと体をずらし、僕の脚を抱いて、抱え込んだ。
博士の顔の熱が伝わる。

『もしかして、泣いているのですか?』
「泣いてない。」
『では、怒っているのですか?』
「怒ってない。」

どうしたものかと思案していると、先程回収してきたビニールシートが眼に映った。
くるんであった食料は、全て無くなっている。

『全部、食べてくれたのですね。』

返事は無い。

『・・・あんなに、文句を言っていたのに?』

またもや、返事は無い。

博士の行動が理解出来ない。
僕が採集してきた食料に文句を付けつつ完食し、僕の脚に密着する。
これは何を意味する行動なのか。

『先程、勝手な行動を取った事でしたら、謝罪します。僕の行動に問題点があったなら述べて下さい。善処しま
す。』
「・・・何も、問題無い。」
『では、明らかに普段と違った行動をとるのは何故ですか? 博士の行動の理由が、僕には理解出来ません。』

「・・・ごめん。」

『謝罪の意味が理解できません。詳細を説明して下さい。』

博士はなにやら悩むように呻いていたが、意を決したように口を開いた。

「・・・本当は、置いてかれて、さみしかったの。・・・八つ当たりしたりして、ごめん。」

囁くように小さな声でそう言った後、博士は熱のせいで真っ赤な顔をさらに真っ赤にさせて、毛布に顔を埋めた。
僕はようやく、博士の行動を理解出来た。

『だったら、謝罪すべきなのは僕です。やはり、博士の意見を聞いてから行動すべきでしたし、博士の意図も理解し
ているべきでした。』
「・・・いいのよ、ロイは、謝らなくても。」
『しかし・・・。』

暫く黙り込んだ後、博士は再び口を開いた。

「・・・ごめんね、ロイ。」
『それは、何に対しての謝罪ですか。』
「・・・なにもかも、全部。」

頭部を博士の頬に擦り寄せ、触角を寄せた。
博士の熱が、鼓動が、装甲を通じて伝わってくる。

『・・・謝罪の必要性は、存在しません。』

仄かな熱を孕んだ呼気が、周囲の温度を僅かに変える。
あの雨は、明日にはきっと止むだろう。
この熱も、明日にはきっと引くだろう。

「・・・ねえ、ロイ。」
『何ですか、博士。』
「木イチゴ、明日、また採ってきてくれる?」
『了解。・・・おいしかった、ですか?』
「・・・うん。」

空気中を漂っていた酸味の強い木イチゴの成分は、既に湿気の流れに圧されて薄まっていた。

明日、同じ成分が空気中を漂うとき、博士は笑っていてくれるのだろうか。
僕は、博士の体温が平常に戻ってきているのをセンサーで確認しながら、そんな事を考えていた。










戻る