センサーが、大気中の水分が急激に増加するのを感知した。一雨来そうだ。
それも、大雨が。
風がごうごうと吹き始め、雲の色は段々と、鉛のように重たくなってきた。
それに伴って湿気を多量に含んだ重たい空気が流れる。
木々に隠れていて明確には視認出来ないが、遠方が白く霞んでいる。
降雨が近づいているようだ。

『博士、ひどい雨になりそうです。・・・体調の事もあります、雨宿り出来る場所の確保を優先するべきでは。』
「いいの。先に進みましょ。」
『しかし・・・。』
「・・・こんな熱、すぐに下がるわ。雨だっていつも通り、ビニールシートでも被ってれば、平気よ。」
『しかし・・・!』

程なく雨は降り始め、ぽつり、ぽつりと、滴が地面の色を変え、吸い込まれてゆく。
もうすぐ本降りになる筈だ。

『・・・やはり、了解しかねます。』
「ロイ・・・?」

『僕は、博士の体調を優先します。』

明らかに無理をしている博士を、見ていたくなかった。
無理をし続ければどうなるかなんて、機械の僕にだって分かりきっている。
僕は博士が止めるのも聞かず、雨宿り出来る場所を探した。
やがて雨は大粒になり、突風に煽られて、力の入らない博士の手からビニールシートが飛んで行くという事態まで
もが発生した。
毛布にどんどんと雨水が染み込んでいく。
僕は背中の大型マニピュレータで博士を覆ったが、そんなものは傘の代わりにもならなかった。

幸いなことに、僕が入ってもまだ余裕がある広さの洞窟はすぐに見つかった。
地盤もしっかりしていて、多少の雨なら崩れてくる心配も無さそうだ。

生物の反応が無いのを確認し、トラップの類も無いのも確認し、成る可く滑らかで平らな岩肌に博士を横たえ、洞
窟の外を見た。
洞窟の外はざかざかと、激しい雨が打ち付けている。
湿度の上昇と、前線の移動に伴った気温の低下を感知した。

『・・・博士、体調は・・・。』
「ん・・・、まだ、ちょっと。」

嘘だ。ちょっとどころではない。
身体はかたかたと震え、奥歯がかちかちと鳴っている。
既に服は乾いたものに着替えさせたし、荷物の中から乾いた毛布も取り出したが、やはり雨に濡れたのは良くな
かったのだろう。

『・・・博士・・・。』

今だけは、僕の排熱効率がもう少しだけ悪かったならと思わずにはいられない。
今の博士に必要なのは排熱効率の良い機体などではなく、暖かさだ。
もどかしい。
体温の無いこの機体が、たまらなく、もどかしい。
馬鹿馬鹿しいとは思いつつも、いっそ焼夷弾か何かで炙られれば暫くは温かいんじゃないかとすら思考してしま
う。

雨は容赦なく降り続き、やがて、昼になった。

『博士、何か食べなければ体力は回復しません。』
「・・・わかってる・・・。」

だが、どうにもまだ食欲が無さそうだ。
この状況は、なんとしてでも打破しなくてはならない。

『博士、少し、待っていて下さい。』

行動は早いに限る。即座に洞窟の外に出た。
出た途端に雨粒が激しく僕の体を叩き、視界は不明瞭になった。
視界は白く煙り、集音してみても、聞こえてくるのは雨の打ち付ける音だけだ。

僕は行動を開始した。


「・・・ロイ・・・?」

少し頭がぼうっとしてしまっていた間に、ロイは激しい雨の中に出て行ってしまったようだ。
彼が私の意見を聞かずに行動するのは、初めてではない。
彼には彼なりの考えがある。
もともと、ある程度は自律行動出来るように、私が造ったのだから。

そのことについては、大いに後悔した。
そして今、その後悔とはまた別の意味でも、そのことを後悔している。

土の湿る匂い。雨の匂い。その他には何もない空間。
洞窟の冷たい岩肌は熱い額に当てると心地よかったが、同時に、同じように滑らかな冷たさを思い出してしまう。
白く巨大な存在の居ない洞窟は薄暗く、空虚で、やたらに広い。


発熱から来る寒気とは違う、もっと奥底から来る寒さで、凍えそうだ。










戻る