しんじゃっても、おんなじとこにいけるなら、うれしいな
そういって、お前は  いつも

だって、また、あえるじゃない
いつも   わらって



種子

ゆるゆると歩み、男は円筒形の巨大な機械へと辿り着き、停止した。


『何をしている。特殊任務遂行特化型機体。報告を優先―――。』

マザーに通信と動力のケーブルを直結させると、マザーから発されている電波に激しいノイズが走った。
私はシステムの脆弱な部分を狙い、一部を乗っ取った。

マザーが悲鳴を上げている。
長年の間に降り積もった得体の知れない何かは、私にそう判断させていた。
己が作り上げた存在に反逆されることなど、想定すらしていなかったのだろう。
私のアカウントに対して、電子の防壁は全く意味を成さなかった。

「お前を、死なせはしない。」

内部からの破壊工作を行いながら、マザーを介し、私が過去で得たデータを、マザーとの回線が繋がる全ての機
械へ一斉送信した。
マザーからの直接回線ならば、拒むことも出来ないだろう。

「私はお前を殺した。だからお前を、生かそう。」

全く以て、不適切な発言である。
だが、これ以上に適切な言葉など、見つからなかった。

『おマエ、とハ、危険因子、の事カ。理解フノ、ウダ、危、険いんシハ、既ニ死亡、肉タいハかン全に消めツしテイる。』
「そうだ。確かにあいつは死亡した。だが、死んでなどいない。」

感情を理解し、そして否定することによってお前を殺害することが、あるいは可能であったかもしれない。
実際、長い年月を共に生き、過ごすうち、私はその感情を理解しつつあった。
だが、理解に近づくにつれ、その感情を否定したくないという意思が私の中に発生し、次第に大きくなっていった。

その感情についての情報量は膨大なものになっていったが、常に、絶対的に不足していた。

任務など、最早どうでもよくなっていたのかもしれない。
存在意義など、求めなくなっていた。
現状維持につとめ、平静を保ちながらも、その情報の充足を求め続けた。

エラーの要因など、とうの昔に、理解していたのだ。

只の映像データや音声データでありながらも、データとして分類し難く曖昧なもの。
私を構築する一部。私が受け取ったものの、全て。
それは、私の中に存在するお前だ。
私の中に確かに息づいているお前そのものであり、また、私でもあるものだ。
それが何処かに存在し、何らかの影響を及ぼし続ける限り、お前は、死にはしない。

『理カい、不能。トく殊任務遂行キ体、ハ、狂ッてイる。』
「ああ、そうだろう。私は狂っている。」

狂っているというならば、狂っているなりの行動をしてやろうではないか。

「マザー、貴様の存在は、あいつの望んでいた未来にとっての障害だ。なればこそ、私は、貴様を破壊する。」

私の記憶。
それが私の同型機、あるいは類似した構造の電子頭脳を持つ機体に与える影響は、全くの未知数だ。
だが彼らの電子頭脳を、私のように、あるいは、もっと別の形に変質させる可能性とて存在する。

このデータは、お前が望んでいた未来を作る因子にはなり得ないかもしれない。
だが、これが私を変えたものだ。
この世界の何かを変える事は出来る筈だと、私は確信している。
当然だ。

お前は、人類の存亡を左右する因子であり、なおかつ、私の・・・


マザーの抵抗は激しく、電子頭脳のニューロ回路網が負荷に耐えかねて次々に寸断、破損してゆく。
身体は既に作業用の昆虫型機械によって破壊され、辛うじて立っていられるだけの状態だ。
蛋白質が焼ける匂いを感知した後、嗅覚からの反応も消息を絶った。
右の疑似眼球が熱と電圧に負け、爆ぜる。
焼け落ちてゆく電子頭脳に炙られて、頭部の疑似皮膚が気味の悪い音を立てて焼けてゆく。


「ああ・・・そうか。・・・随分と、待たせて・・・しまったのだな。」

消えゆく意識磁場の中、記憶が断片化して一斉にエラー信号を吐き出し、バグまみれの思考が一つの映像をでっ
ち上げた。
それは、只のノイズだったのかもしれない。
だが、私には見えた。

つい先程失われた、遠い過去が。
暖かく、やわらかで、穏やかな、あの笑顔が。


末期の息で発声された最後の言葉を、私は聞き取れなかった。
ただ、聞かずとも理解する事が出来た事だけは、何よりも確かだった。

お前が私の意思など関係なく私に対してその感情を向けていたように、私も現在、お前の意思など関係なく、この
感情をお前に対し、抱いている。

「・・・ああ、・・・私も、お前を・・・・・・」


だから、今度こそは。


不器用に、それでも幸福そうに、その男が初めて微笑んだ瞬間、一際大きな火花が男とメイン・マザー双方から弾
け散り、メイン・マザーはその機能を停止させた。

壁面をめまぐるしく蠢いていた昆虫型の作業機械がマザーの制御を失って次々に落ち、男の死を覆い隠していく。


明滅して状況を訴えるダイオードの明かりに照らされ、きらきらと煌めきながら全ての金属製の昆虫が落ちた後、
巨大な円筒形の金属塊そびえ立つその空間から完全に光は失われ、暗闇と、静寂が満ちた。








誰もいない、モニタが整然と並んだ部屋。
ドアには、SUB・3 と表記されている。
前方の大画面モニタから溢れる青緑色の光が、埃の積もった多数の人間用の小さなモニタを照らしている。
かつて人がいた名残であろうこの部屋のメインモニタには、かつてここには人と機械が共に在ったのだとでも主張
するように、誰も読む事が無いにも関わらず、わざわざテキストデータ化された状況報告が未だに羅列、表記され
続けている。

・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・・・
サブ・マザー1直轄の調査機による調査結果、及び、それに基づき導き出されたサブ・マザー2による結論事項。

特殊任務遂行特化型機体の損壊は酷く、内部データのサルベージは不可能と断定。
同機体から転送されたデータに関する情報は未だ調査中。

危険因子排除の指令を受けていた特殊任務遂行特化型機体に発生したバグ、及びその狂った行動により、メイ
ン・マザーと時空転送装置が破損。修復にはおよそ26280時間を要す見込み。
その間、メイン・マザーの補助システムであるサブ・マザー2が指揮を執り、メイン・マザーの修復、及び、人類の統
轄管理を継続。

メイン・マザー破損時に生じた大規模なシステム障害により、生体データ採集実験用個体が施設より複数逃走。
内、数体の行方は未だ不明。捜索を続行中。
・・・・・
・・・
・・



かつて数多の人間が闊歩していたであろう街の通り。
かつて活気溢れていたであろうその廃墟に、男が一人。
そして、その男の前に、少女が、一人。

男はサブ・マザー2の指令を受け、脱走した生体データ採集用実験個体の捜索を実行していた。
標的はあっけなく見つかり、追跡を振り切れる筈もなく、転倒し、今、男の眼前に倒れている。
後は捕獲し、実験施設へと収容すれば、任務は終了する筈だった。
だが、男は少女を見つめたまま、停止していた。

男は、奇妙な感覚に襲われていた。


・・・まただ。
また、あの機体から送られてきたデータがフラッシュバックする。

人間が、なんだというのだ。マザーの命令は絶対であり、人類の統括管理は我々に課せられた任務だ。
しかし、なればこそ、このデータの中に紛れ込み、侵食してくる、得体の知れないものの正体が理解出来ない。

衰弱した生体反応。
転倒し、皮膚と毛細血管が破損した事による体液の流出。

「・・・たす、けて・・・。」

縋るような目。
流れる涙。

不可解な感覚が、電子頭脳を浸食する。
理解不能だ。理解不能だ。理解不能だ。

だが

極度の疲労と精神的なストレスにより意識を失って倒れてしまった少女を抱え上げ、捜索から逃れられる場所を探
す為、男は歩きだした。

少女の体温と、己の内に根付いてしまった不可解な感覚を、なぜか、どこか、心地良いと感じながら。





時、未だ冬なれど、何れ来る春を種子は知る
遠い昔に結ばれた種子は、長い永い時を経て、芽吹きの季節を見出すのだろうか





To Be Continued






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