「ねえねえ。」 「何だ。」 「頭叩いたら治ったりしない?」 「非合理的だ。」 「だって、テレビとかなら叩けば治るじゃない。」 これはいつの記憶だろうか。 いや、これは俺の記憶ではない。奴の記憶だ。 ああ、そうか、そういえば、そんな馬鹿な会話をしていた奴らが居たな。 忌々しい。 再帰動 再起動し、地下シェルターの床に仰向けの状態で、機能停止から十数分が経過しているという現状を把握した後、 視覚センサー保護の為自動的に閉じられていた瞼を開けた。 目の前にそれが居た、が、瞼が開いたのを視認した後、再び、段ボールの隙間へと大急ぎで引っ込んでいった。 「・・・さっきっからドアの前に誰かいたのはわかってたんだけど、いつまでたっても入ってこなかったから、こっちから 開けたんだけど・・・その・・・えーと・・・痛、かった?」 「我々に痛覚など無い。」 「痛くないの? やっぱ頑丈なんだね。」 「痛覚は無いと言っただけだ。機体へのダメージは存在する。」 「じゃあ痛かったの?」 「痛覚など無い。」 「痛いけど、痛くないの?」 「痛い、という感覚がまず、我々には存在しない。」 破損個所を確認すると、頭部の破損個所には包帯が巻かれ、その下にはガーゼが貼られているようだった。 窺うように段ボールの要塞からそろそろと出て、少しずつ接近を試みている。 「ほんとに中が機械だったから、ちょっとびっくりした。」 「・・・その表情は、吃驚した、という表情では無いだろう。」 「んーと・・・、ちょっぴり、ほんとにちょっぴりだけだけどね、本当は、人間だったりしないかなぁって、思ってた、か も。」 「仮に他の人間だったとしても、お前の置かれている状況が好転する要素にはならないだろう。それは驚愕ではな い。失望だ。」 「そう、かな。うん・・・そうかも。でも、ごめんね。」 「何故、俺に謝罪するんだ。」 「だって、あなたにドアをおもいっきりぶつけちゃったでしょ? そういうことしちゃったら、謝らなきゃ。」 「必要性が感じられない。」 「何で?」 「そもそも俺は人間の捕縛という任を受けていると言った筈だ。ドアをぶつけたのも、大局的に見れば自己防衛の 範疇に当てはまるだろう。」 「でも、だってまだわたし、つかまってないし。」 「いずれは捕縛する。そうしなければならないからだ。」 「でも、今はまだだよね? だから、ごめんなさい。」 「・・・やはり、異端だな。愚かしい。」 「でも、あなたもイタン、なんでしょ?」 深く深く、嘆息した。 S寸 「あ、これ何?」 「・・・ただの、ナップザックだ。」 「 あなたのナップザック? 開けていい?」 「・・・単なる拾得物だ。 それと、許可を得る前に勝手に中身を取り出すな。」 「あ! かんづめ! ・・・あなたが食べるの?」 「我々に食事の必要性はない。」 「お水ー。あなたが飲むの?」 「我々に飲料水は必要ない。」 「かわいい服ー。・・・えーと、えーと。・・・これ、もしかして、あなたが・・・き、着るの? 着れるの?」 「その衣類を俺が着用した場合に対峙した人間が感じる不快感や嫌悪感は考慮するに値しないが、機体の規格に 対して寸法が小さすぎる。着用は不可能だ。それに、その軟弱な繊維では現在着用している外装保護用の衣類と 比較して外装の保護目的の使用にも適さない。よって、不要だ。」 「あれ? ・・・じゃあ、全部いらないものなんじゃないの?」 「・・・そうだ。」 「なんでいらないものばっかり持ってるの?」 「・・・・・・・・・不本意だ。」 「でも、あなたが自分で拾ったんでしょ?」 「・・・・・・そうだ。」 「へんなの。」 奴はそう言って、くすくすと笑った。 閉塞併存 奴が突然、俺の頭部に手を伸ばしてきた。 手の届かない距離まで退いたが、尚も手を伸ばしてくる。 さらに距離をとろうとしたところ、無理矢理頭部と頭髪を掴まれた。 「・・・何だというんだ。」 「包帯交換しなきゃ。」 「必要無い。」 「必要ないことないよ、包帯を換えないと、傷がもっと悪くなっちゃうんだから。」 そう言って無理矢理頭部の包帯を剥ぎ始めたが、包帯をほどき終えたところで、首を傾げた。 「あれ?」 「何だ。」 「傷、ふさがってる。」 「だから、必要ないと言っただろう。再起動に伴ってナノマシンが再活性化した。あの程度の損傷ならすぐに塞が る。」 「そっか。じゃあ、手当しなくても大丈夫だったの、かな。」 「いや、損傷が外気に曝され続ければ雑菌が付着する。効果的な殺菌処理が行われていなければ・・・」 「どうなるの?」 「ナノマシンが長時間正常に作動しない場合、最悪、アミノ酸によって構成されている外装組織が腐敗する。」 「う。」 「腐敗自体は稼働するに当たってさしたる問題ではないが、腐敗によって人間への擬態が不可能になる事態は回 避しなければならない。」 「じゃあ、手当してよかったんだよね? 迷惑とかじゃ、無かったんだよね?」 奴の質問に対し、自信でも信じられないような行動を実行していた。 「そうだな。感謝する。」 そう言って、奴の頭頂部を二往復、撫でた。 その行動に対して、奴は少し驚いたような表情をした後で少し照れくさそうにしていたが、こちらはというと、平静を 装いながらも思考回路は乱れに乱れ、今、自分が何を実行したのかということに対しての解析に追われていた。 数秒を要したその長考の結果、それに対して感謝の意を述べ、同時にそれを行動として示したのだという結論に達 し、何故そのような行為に及んだのかという解析に移ったが明確な答えは出ず、不確定事項であり極めて曖昧で はあるが、やはり、奴の記憶の影響によって実行された行為なのだろうという仮説に辿り着く他無かった。 自分自身の思考と意志によって実行されたのではないかという仮説はあまりにもあり得ない仮説であり、間違いな く間違いであることが決定的であり、思考の必要も無い仮説であるとして、仮説から削除することにした。 ハイキートーン そんなことを思考しているうちにいつの間にか数十秒が経過していたらしく、奴が不思議そうに俺の顔をのぞき込 み、目の前で手のひらをひらひらと動かしていた。 「何だ。」 「あ、起きてた。」 「眠ってなどいない。・・・何の用だ。」 「あのね、このナップザックの中身、もらっていい? だって、いらないものばっかりなんでしょ?」 「確かに、俺にとって不要なものばかりだ。・・・だが、断る。」 「けちー。」 「ケチではない。我々が受けた命令の性質上、捕縛及び連行の不可能な人間であるお前の生存は優先されない。 よって、お前に物資を譲渡する必要性は無い。」 「・・・前は、かんづめくれたのに?」 「あれは・・・与えたのではなく・・・、そう、廃棄、廃棄しただけだ。」 「はいき?」 「・・・そう、だ。あれは、不用な物を捨てただけだ。そうだ、不用な物を持ち歩けば機動性能が損なわれ、任務遂行 に支障を来す。よって、このナップザックの中身は、ここに廃棄していく。それだけだ。廃棄したものがどうなろうと、 俺の知ったことではない。」 とんでもない詭弁だ。 全く馬鹿げている。 しかし、この言葉を発したのは奴の記憶によって発生した思考だったのか、それとも自分自身の思考だったのか。 何故か、判断が付かなかった。 「そっか、捨ててくならわたしが拾ってもいいんだよね? だって捨ててったんだもん。」 「・・・廃棄物を何の躊躇いもなく拾得するという行為に、羞恥や嫌悪は感じないのか。」 呆れを含んだ表情でそう発言したが、奴は既にナップザックの中身の検分を始めていた。 食料を見ては、おいしそうだとか、どんな味がするんだろうとか、愚かしくも食料を摂取する必要性が無い相手に対 して問いかけ、衣類を広げては、サイズが小さいだとか大きいとか、水玉より花柄が好きだとか文句を言ったり、似 合うだろうか、などと、この上もなくどうでもいい事を尋ねたりしてきた。 そうして全部をナップザックから取り出して、比較的きれいな段ボールの中に分別をして詰め込んで、一言、緩んだ 笑みを見せてこう言った。 「ひろってきてくれて、ありがと。」 前に見つけた、いや、捨てて行ってくれた食料も、もう残り少なくなっていたから、と。 感謝される理由などどこにもないのだと言ってみたところで、どうせまともに聞きはしないのだろう。 割り缶 そいつは、先ほどナップザックからとりだした食料の中から缶詰を二つ取り出して、一つ、こちらへと放った。 「あげる。あなたのぶん。」 「食料の必要性は無いと言ったばかりだろうが。」 「あれ、そうだったっけ。でも、ひつよーせーがないだけで、食べれないんじゃないんでしょ?」 「必要のない者に食事をさせてまで、食料を浪費したいのか。」 「でも、きっとそれ、おいしいよ?」 「質問に対する回答になっていない。それに、俺は食料など要らん。」 「好き嫌いは駄目だよ?」 これ以上何を言っても時間の無駄だろうと判断し、未開封のままの缶詰を段ボールの中へと放り込んだ。 なにやら盛大に文句を垂れているようだが、知った事か。 再稼働 任務を再開しなければならない。 が、外に出ればおそらく、同じようにナップザックに不用な物を詰め込み、そしてまた、ここに戻ってきてしまうのだ ろう。 ドアを開ける俺を見て、そいつは一言、いってらっしゃい、と、軽く手を振りながら声をかけてきた。 先程触れたそいつの頭髪の感触と頭皮の温度が掌のセンサーにやたらと鮮明にこびりついて消えず、何故か、そ の感触と温度にもう一度、触れてみたいと思った。 が、そんな筈が無いと思い直し、拳を握ってセンサーのキャッシュメモリを削除し、そのまま、何かを振り切るかの ようにドアを閉めた。 次に持ち帰った物を見て、あいつは、どんな反応を示すのだろうか。 前 戻る |