食料を与えられた事で警戒を解いたのか、未だ距離を置いてはいるものの、先程までの警戒心を裏返したかのよ
うな好奇心をこちらに向け、やたらと話しかけてくるようになった。

それを、人間が好むやりかたで例えるとするならば、おそらく『犬』のようだと例えるのではないだろうか。
それも、一般的にイメージされる『犬』の幼獣を表す、無邪気に転げ回る『子犬』のようだと。

その頃はそれが、この上なく鬱陶しい事柄のように思えていた。



異端審問

「ねえ。」
「・・・。」
「ねえってば。」
「・・・・・・何だ。」
「あなたは、わたしを捕まえようとしてたんだよね?」
「そうだ。」
「わたしを、あの場所に連れ戻そうとしてたんだよね?」
「そうだ。」
「じゃあ、なんで目が覚めたら、わたし、こんなとこにいるの?」
「・・・説明する義務は無い。」
「んっとね、じゃあ、あなたは、誰?」
「説明の必要性は無い。・・・少なくとも、人間ではないことくらいは理解できているのだろう。」
「そんなのわかってるよ。けどね、違うよ。誰? っていうのと、何? っていうのは、全然違うよ?」
「我々にとっては、どれはどちらも同義だ。むしろ、誰、という表現を用いることすら適切では無い。」
「・・・変なの。」
「・・・そういう風に考えるお前の方こそ、異端では無いのか。」
「イタン?」
「他と異なった思想を持っているという事だ。」
「じゃあ、あなたもイタンなんだよね?」
「・・・何故、そうなる。」
「だって、わたしを殺さないし、つかまえたりもしないじゃない? イタンだから、そうなんでしょ? あれ? そうしない
からイタンなのかな。」
「違う。・・・この行動は、本意では無い。」
「じゃあ、本当はあなたは、わたしを捕まえちゃったり、殺しちゃったりしたいってこと?」
「・・・そうだ。俺の任務は、施設から脱走した人類の捕獲だ。」
「じゃあ、なんで捕まえないの? 殺さないの? そういうのってさ、ショクムタイマンっていうんだよね? そういう事し
たら、怒られるんだよね? 怒られないの?」



謎執

面倒だ。
何故、こんなにも質問が多いのか。これではもはや尋問だ。

いや、そもそも根本から間違っている。
何故、保護などしたのだ。
何故、食料を与えたのだ。
今からでも遅くはない。捕縛し、施設へと連行してしまえばいい。

そう思考し、実行しようとしたが、実行は不可能だった。
実行しようと思考しただけでも原因不明のエラーが発生し、行動が抑制される。
奴の腕を掴む為に腕部に走らせたコマンドが瞬時に書き換えられ、腕部の動力が一時的に寸断された。
直後に動力は回復し、通常動作が可能になったが、再び腕部に同じコマンドを走らせると、また同じ現象が発生し
た。
同じことを何度か繰り返した後、現状において実行不可能だと認識することを決定した。

『あれ』は最早、ある種のウイルスだと判断するべき代物なのだろう。

「あれ? どこいくの? ねえ?」

投げつけられる無数の疑問符をひたすらに無視し、地上へ出た。
追ってくる可能性も考慮したが、その気配は無かった。

そうだ。わざわざ相手をする必要性など無い。放置しておけばいい。
何れは他の機体が発見して捕縛するか、野垂れ死んで死体で発見されるだろう。

脱走し、捕縛されていない人間は、奴だけではないのだ。
想定外の事態だが、任務を、続行しなければ。



索敵模索的

かつては賑わっていたであろう廃墟で、ただひたすら、探索に明け暮れた。
あの人間を捕縛できないというのならば、他の人間を捜すまでだ。


だが、脱走した人間の発見は出来ず終いだった。

代わりに見つけたものといえば、食料や日用雑貨で、見つけたところで何の意味も無く必要性の欠片も無いそれを
何故か、拾ったナップザックに詰めて持ち歩いていた。
それらを投げ捨てようとしても実行できず、只ひたすらナップザックの中に押し込み続けた。
全く以て無意味だというのに、何故かそんなものばかりが目に付き、詰め込み続け、いつの間にかナップザックの
許容量は限界になっていた。

そして何故か、あの地下シェルターの扉の前に立っている。

俺は、何をしているというのだろうか。
いや、厳密には、俺ではないのだろうが。
だが、何故だ。
これは、奴への物資補給行動以外の何でもない。
何故、あの人間の世話を焼こうとする。
何故、あの人間に執着する。
何故、マザーの命令に背く。

俺の思考ではない。奴の記憶が、人間の感情を模倣した思考を、文字通り基盤に焼き付け、俺を動かしているの
だろうか。
率直に、人間的な表現で言い表すとするならば、忌々しい、という言葉が当てはまる。
奴の記憶も、危険因子も。そして、あの、人間もだ。

すぐに引き返し、任務を続行しなければならない。
それに、あの人間はもう既に外へと出て行っている可能性も有る。
この扉を開く必要は無い。
奴の記憶も、あの人間も、知った事か。

ドアノブに手をかけながらそこまで思考した、その瞬間。

ドアが内側から勢い良く開き、電子頭脳のキャパシティを思考に割き過ぎていた為に瞬間的な反射動作が遅れて
回避行動が間に合わず、ドアが強かに顔面へと打ち付けられ、その衝撃が電子頭脳の最も衝撃に弱い部分に最
悪の角度で伝わり、電子頭脳は一時的にその機能を停止した。










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