1. 予期しないエラーが検出されました
それを、人間が好んで使用する比喩表現というもので表現したならば、おそらくは『猫』または『子猫』のようだと例 えたのではないだろうか。 それも、愛玩されるべく飼育されていた個体などではなく、薄汚れ、警戒心と敵意を剥き出しにし、庇護されるべき 絶対的な弱者でありながらも一片たりとて他者を信用などしないという目をした個体に。 俺は子猫などと言う動物を直接見たことも無かったし、その頃はそんな事を、考えもしなかったが。 無機物 それは、肉体的な疲労と精神的ストレスによる意識喪失状態からの回復後、雑多に置かれていた大量の段ボー ルを積み上げて簡素なバリケードを築き上げ、部屋の隅で籠城を開始した。 小さな隙間からこちらを伺い、睨み付けている。外へ脱出する方法でも模索しているのだろうか。 しかし、意識を回復させたとはいえ、未だ疲労は抜けきっていない筈であり、おそらく ぐきゅるる 空腹は、極限だろう。 腸内を空気が移動する際に発せられる、間抜けにも程があるその音が、薄ら緊迫すらも帯びていた筈の静寂をあ っけなく打ち破った。 よほど緊迫した精神状態にあったのであろうそれは、自らの消化器官が発したその音にすら驚き、慌てふためいた 末、自ら築き上げた要塞の一部を崩落させた。 「・・・空腹か?」 一言訊ねただけだったが、それにもそれは再び慌てふためき、段ボールの要塞を大きく崩し、埋もれた。 だが、それだけだった。 質問に対する返答は無い。 崩れた段ボールに埋まったまま、まだこちらを睨み付けている。 が、その様相は明らかにそわそわと落ち着かないものに変わっていた。 何事も無かったかのように振る舞いたいらしかったが、虚勢を張る以前の問題であり、その様は滑稽以外の何もの でもない。 「・・・食糧が、必要か?」 「・・・おなかは、へってる・・・けど。」 「ここは緊急避難用の地下シェルターだ。探せば超長期保存加工の保存食か、缶詰くらいはある筈だ。」 「・・・う・・・。」 空腹と警戒心を秤に掛け、相当に悩んでいるらしい。 食物の摂取を切望しているであろう消化器官が活発に活動を開始し、腸内を空気が移動する際に発せられる音が 頻発している。 降伏と陥落は、時間の問題だろう。 たんぱくしつ とてつもなく、まぬけだった。 こんな状況だっていうのに、おなかの虫がちっとも鳴きやんでくれない。 でも、しょうがないと思う。 おなかが減ってるときに食べ物の話をされて、だまってられるおなかの虫なんていない。 それに、どうせ死んじゃうなら、おなかいっぱいになってからの方がいいに決まってる。 本当にあるのかな。食べ物。 くれるのかな。食べ物。 金属 返答は無い。が、食糧の必要性は明らかだ。 シェルターの物資格納庫を開くと、やはり缶詰がいくつか見つかった。 しかし、このシェルターは以前にも誰かが使用していたらしく、保管されていた食料は消費され、残量は僅かだっ た。 おそらくは食料の補充に出掛け、そのまま帰ってこなかったのだろう。 物資格納庫から取り出した缶詰の内、適当に選んだ幾つかを段ボールの隙間から向こうへと投げ込んだ。 缶をひっかく音と、缶を床に打ち付ける音の後、こちらの頭部をめがけて缶詰が投げ返された。 無論、頭部に直撃する直前に受け止めたが、何故、空腹であるにも関わらず食料を投げ捨てるような行為に走った のか。 食料の安全性に対しての危惧か、あるいは施しなど受けないという意思表示だろうと判断したが、理由はそのどち らでもなかった。 「・・・開けらんない。」 何のことはない。 ただ、開封できなかっただけらしい。 「タブを上げ、引けばいいだけだ。」 コンコン、と、缶の蓋を指先で叩き、説明書きを説明した。 その後、再び、段ボールの隙間へと缶を投げ込んだ。 「うまくできない。」 カリカリという音が、暫く段ボールの隙間から聞こえた。 その後、再び、段ボールの隙間から缶が投げ返された。 「そこまで面倒を見るつもりは無い。」 再び、段ボールの隙間へと缶を投げ込んだ。 「いじわる。」 再び、段ボールの隙間から缶が投げ返された。 「意地悪などではない。」 再び、段ボールの隙間へと缶を投げ込んだ。 「じゃあ開けてよ。」 再び、段ボールの隙間から缶が投げ返された。 不毛にも程があるこの攻防に終止符を打つ方法は、一つしか無いらしい。 非常に、不本意だ。 かーぼん 缶の開け方くらい知ってる。字だってちゃんと読める。 でも、知ってたって、おなかが減って指に力が入んないんじゃ開けらんない。 開けらんないんじゃ、しょうがない。 回路 俺は、何をしているのだろうか。 人間を捕縛し、然るべき施設へ搬送するという任務を遂行しなければならない。 遂行が不可能だというのならば、他の機体にこの人間を捕縛するという任務を委譲し、今現在発生している異常を 報告しなければならない。 なのに何故、缶を開け、人間に手渡しているのか。 理解不能だ。 奴はといえば、人としての尊厳など微塵も感じさせない動作で、がつがつと缶詰の中身を貪っている。 嚥下したものが喉を閉塞して呼吸を阻害し、手近にあった飲料水のボトルに手をのばしたが、どうやら魚肉の缶詰 の油で指が滑ってキャップがうまくあけられないらしく、俺に開けるように促してきた。 キャップを開けて手渡すと、中の飲料水を一気に飲み、そのまま一気に咽せて、涙目になりながら呻いていた。 俺は、なにをしているのだろうか。 にゅーろん カンパンの缶詰と魚の缶詰だった。 カンパンはおいしいけど、一気に食べたらのどに詰まってとってもあぶない。 カンパンと一緒に入ってた氷砂糖は一個だけ食べて、あとはとっておくことにした。 とてもとても久しぶりに、食べ物を食べた気がする。 あの場所でもらえたのは、薬みたいなにおいのする変な固まりと、水っぽいどろどろしたのだけだったから。 あんなのは食べ物じゃなかったと思うし、あんなのを食べ物だと思うのは、さっき食べた缶詰に失礼だと思う。 おいしい、って言葉があったことも忘れてた。 もしかしたら毒が入ってて、食べたとたんに死んじゃうかとおもったけど、死ななかった。 でも、もしかして、もうちょっとしたら毒が効いてきたりするのかも。 ・・・やっぱり、氷砂糖、もう一だけ個食べよう。 次 前 戻る |