特殊任務実行予備機体3号は自らを破壊。 特殊任務実行予備機体3号によって奪取された被験体は死亡。 その詳細な報告を、サブ・マザー2は口述で報告させた。 メイン・マザー停止の原因が、特殊任務実行機体との有線による通信であることからだろう。 我々との過度な接触を、サブ・マザー2は避けていた。 地下室に据えられていたコンピュータからは有用なデータは検出できず、また、壊れた機体と人間の死体を地下か ら引きずり出す事は、自身のスペックでは困難であるという事も付け加えた。 サブ・マザー2にとってそれらは特に重要なことではないらしく、機体と死体の回収を実行しない事を決定し、男に は再び、逃走した実験個体の確保を命じた。 暗く狭い通路の中を、男は歩いている。 何本ものケーブルが周囲に張り巡らされているその狭い空間を、ケーブルの束に接触しないように時折身を屈めな がら、時折這いずりながら、男は進んだ。 幾つものセキュリティ用の監視カメラやセンサーが正常に作動していることを確認し、何も状況は変化していないと いう事を確認する。 セキュリティシステムは正常に作動していた。 細く長い通路の突き当たり。小さくも分厚い金属製の扉へと辿り着く。 幾重にも厳重な施錠がなされているその扉を、男は開く。 薄暗い空間。 それほど広くもないが何もなく、がらんとした広さを感じさせる。 そしてそれは、部屋に入ってきた男に気付いて駆け寄った。 「おかえりっ! 外、寒くなかった?」 「外気温の変動など、大した問題では無い。」 駆け寄ってきた少女は、屈託のない笑顔を男に向ける。 男は、そんな少女の動向など気にも留めないとでもいうように、手に提げたナップザックを差し出した。 「・・・物資だ。」 「ありがとう!」 少女は男から古びたナップサックを受け取ると、中に手を突っ込んでゴソゴソと中身を取り出した。 中に詰め込まれていた瓶やビニールパックを並べ、神妙な顔で見据える。 「何か、不足はあるか。」 「無いよ。無い、けど・・・。」 「何だ。」 「・・・う・・・ううん、何でもない!」 真空パックされているバイオパーツ構成用のアミノ酸やブドウ糖を見ながら、申し訳なさそうに少女は項垂れた。 男はその真意を汲んで、答えた。 「・・・食料品は、発見できなかった。」 「そんなの、別に気にしなくてもいいよ。食べれるなら、それでいいもん。・・・ありがとう。」 だが、バイオパーツの原材料を持ち出すのも、そろそろ限界だ。 割り当てられた自己修復用、再構成用のナノマシンの補給分は、とうに無くなっている。 これまでは諸成分の貯蔵タンクの数値を改竄して誤魔化していたが、いつまでも続けられるものではない。 何もかも、何れは発覚するだろう。 だとしたら、どうする。 この少女が辿る運命は、どうなる。 それは、おそらく 「・・・ねえ、やっぱり、外、寒かったんじゃないの?」 小首を傾げ、少女は訊ねた。 「何故、そんな事を聞く。」 「だって、手、震えてるよ?」 気が付かなかった。無意識の内に、手が震えていた。 屋外での長期的な活動を想定した上で設計されている我々にとって、気温の変動による影響など無いに等しい。 人間の生活に溶け込んで活動する必要性がある以上、状況を共感して周囲と同調する為、気温から暑さ寒さを判 断する事は可能だが、それはあくまでも口上だけのものであり、実際に人間が感じている気温の変化を体感して いる訳ではない。 それにも関わらず、手の震えは止まらなかった。 そもそも、震えるなどという体温維持の為の動作を行う必要性が存在しない。 体温を維持するための筋肉の不随意的な律動など必要としていない。 それでも、手の震えは止まらない。 一つ、震えるという行動の原因となりうるものがあるとするならば、それは 「・・・あぁ、そうだな。・・・外は、寒い。」 心配そうな面持ちで男の顔をのぞき込む少女に、男はそう答えた。 今、自身の手を震わせているものが体温の低下などでは無い事位は理解している。 機体のどこか、知覚不可能な場所から、何かが込み上げてくるような感覚。 それは、言うなれば、恐怖に近い感覚だったのかもしれない。 あるいは、怯えていたのかもしれない。 見えない未来に。 見えてしまいそうな未来に。 次 前 戻る |