2. ばーす でぃ



僕の記憶は、薄暗い地下の研究施設から始まっている。

僕が造られ、起動して間もない頃。
僕がまだ、ロイではなかった頃。


脂の塊のような中年やら、明らかに煙草とアルコールで内蔵をやられているであろう初老の男やら、
色々な人間に引き合わされた。
いわゆる『お偉いさん』という人種だ。

「そうですか貴女が、かの高名なあの方の忘れ形見、そしてこれが、我々を勝利へと導く新兵器という訳ですか。」
「ザハロフ博士が亡くなったのは、我々・・・いや、国家にとって大きな損失であったが、その才覚を御息女が立派に
受け継いでおられるのだ。最早、我らの勝利は決まったようなものですな。」

東西双方の技術者や研究者は、互いの敵国の技術力を削ぐ為に、互いの国の暗殺者によってその多くが葬られ
ていった。
兵器や戦闘用ロボットの権威であった博士の父も、例外では無い。
数少なくなった技術者を守るための厳重な警備の下、雌雄を決する・・・否、敵を滅ぼす為の火力として、僕は造ら
れた。

国賊、誅すべし。
それが、僕の全てになる筈だった。

決定的な火力と生産力を欠いた戦争は、一見してコールドウォーの様相を見せていたが、燻っている戦火の種火
が消えることは無く、大陸中央の荒野は未だに国境が不明瞭であり、一触即発の状態だ。
その上、双璧を成す大国に吸収される形で合併した小国の残存勢力による反政府運動や紛争が各地で展開され
る泥沼と化していた。
東西の大国は占領下に置いた小国を新たな領地、または搾取の対象としか見ていなかったし、明確な統治者の
据え置かれない無政府状態のままであるというのに小国の内部からの指導者の輩出を許さず、駐屯させた軍によ
って統治という名の支配を続けている地域も多い。

肥った男が身体を傾け、俯き加減な博士の顔をのぞきこもうとしたが、博士は表情を変えないまま、目線を逸らし
た。

「ほう・・・、初めてお目にかかるが、思っていたよりも随分・・・お若い。」

言葉に躊躇いがあった。恐らく、幼い、とでも言いたかったのだろう。
そう言われてもおかしくない位に博士はまだ若すぎたが、その才覚は誰よりも抜きん出ていた。
何せ、僕をたった一人で作り上げたのだから。

無論、何人か助手が居たには居たらしいのだが、主に力仕事や雑務をさせる為に居たようで、僕が起動してから
は殆ど見掛けた事が無かった。
何かを学び取ろうとするかのように博士に寄りついてくる人間も、博士は遠ざけていた。
いつだって、博士は一人だった。

脂ぎった男の舐め回すような、ねとついた目線にも博士は表情一つ変えず、ただ淡々と僕の性能についての説明
を行っている。
破壊力や殺傷力、耐久性、機動力、エネルギー効率など、既に何度も説明しすぎてテンプレートと化した説明。

「それで、実戦投入にはあとどれ程の時間が掛かるのかね。」
「・・・量産体制については未定ですが、今後起動予定の2号機3号機の実戦演習と最終調整が完了すれば、実戦
投入だけなら、すぐにでも。」

博士の詳細な説明の内容などちっとも理解などしていないだろうに、それだけを聞いて、さも感心したような顔をし
て、護衛をぞろぞろ引き連れ、男たちは帰っていった。
研究室に一人残った博士は、無数のケーブルに繋がれたままの僕をちらりと見た後、顔を伏せた。
その表情は、読み取れない。

未だ初期学習の完全でない電子頭脳が、疼く。
繋がっているコンピュータに診断をさせたが、何の異常も見つからなかった。

やがて兵器としての基本プログラムの初期学習も終わり、本格的な実験と戦闘訓練が始まった。
実験も、戦闘も、シミュレートされていた結果よりも良い結果を出したが、僕が良い成績を修める度、博士の表情は
曇っていった。
僕は、それをどうにかしたいのに、どうしていいか、分からない。
形容する言葉すらも、僕の中には無かった。
もどかしいという言葉すら、まだ知らなかった。

深夜、電子ロックによって施錠された扉をカードキーで開け、博士が研究室に入ってきた。
計器のダイオードだけが照らす青黒い暗闇の中、顔は相変わらず俯いて、ダイオードの青い光が横顔を照らして
も、その表情は分からない。
そのまま僕の目の前まで、力無く、足を引き摺るように歩いて近付いてきた。
ゆっくりと手が伸び、僕の装甲に博士の皮膚が触れ、体温が伝わり、測定、数値化された。

その時になってようやく、博士の表情が見えた。

表情筋を歪ませ、唇を噛み締め、僕の装甲に、少しだけ爪を立てた。
だが装甲に爪が食い込む筈も無く、爪は装甲を滑った。
そのまま博士は膝から崩れるように床にへたり込み、嗚咽を堪えるように、泣いていた。
活動する許可を受けていない僕は、ただ、じっと、それを見ていた。

電子頭脳が疼く。更に、強く、疼く。

博士が戻っていった後、僕の中に何らかのエラーが発生したのではないかと判断し、自己診断プログラムを何度も
何度も走らせたが、やはり原因は特定できなかった。
異常では無いという事が、異常にすら思えた。

次の日、地下の演習区画で、僕は戦闘シミュレート用の敵機を相手にした戦闘演習を行っていた。
博士は僕の背後、強化ガラスの向こうにある研究室でモニタに向かい、敵機認識の精度をチェックしている。

敵機が放たれ、視認した次の瞬間には急所を穿たれて只の金属塊となり、動かなくなる。壊す。壊れる。崩す。崩
れる。
頭部の主眼、三対の脚に付いた眼、背甲の前後一対、体中のセンサーとレーダー。
全ての感覚で認識した情報を電子頭脳で処理、有効な武装を選択し、順序良く殲滅を実行に移す。

右主眼 視界明瞭 敵機3機視認 
左主眼 視界明瞭 敵機1機視認
第三眼 視界明瞭 敵機2機視認
第四眼 視界明瞭 敵機殲滅確認
第五眼 視界明瞭 敵機1機視認
第六眼 視界明瞭 敵機殲滅確認
第七眼 Unknown  No Response
第八眼 視界明瞭 敵機殲滅確認
・・・・・・ ・・・
・・・・・・
・・・

戦闘演習終了のアナウンスが流れる頃には、実験区画の中はどこもかしこも、バラバラになった敵機の部品とオイ
ルが飛び散ってひどい有様になっていた。
スピーカーから、博士の声が聞こえる。

「1号機、戦闘演習終了。帰還しなさい。」

僕は研究室に戻され、再びケーブルに繋がれた。
博士がその前に立ち、まっすぐにこちらを見据える。

「1号機、回答を要求する。何故、演習中に第七眼の応答が途切れた。故障ならば、故障個所を自己診断にて特
定し、報告せよ。」

故障ではない。それは分かる。分かっている。
でも、それが何なのか、分からなかった。










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