分からない。 理由はあるし、答えもある筈なのに、僕の中にインプットされている僕が使うべき語彙の中には、それを表現する為 のデータが無い。 無機質な軍事用語ばかりが詰まった電子頭脳を必死に探った。 だが、当てはまるテキストが存在しない。 繋がれていたケーブルを介し、研究所のコンピュータから情報を吸い上げた。 見つからない。ここにも、当てはまるテキストは無い。 僕に、初めての欲求が生まれた。 それを満たす為、研究所のコンピュータから強引にネットワークへとアクセスを試みた。 それは、暴走といっても過言ではない行動だった。 幾つもの防壁を喰い破るように突破し、軍のコンピュータを足がかりにして、ネット上のデータバンクから情報を吸い 上げる。 処理限界ぎりぎりの情報の奔流が、僕の中に流れ込んで来た。 膨大な情報。これなら、きっと見付けられる。 本当は指示が無ければこんな事をしてはならない。しかも、友軍に対するハッキングなど、想定すらされていない。 だが、僕は、今、この時、更なる成長を遂げなければならないという必要性に、知識欲に駆られていた。 勝手な行動を起こした事によるエラーが飛び交った。 電子頭脳の不必要な活性を抑止する為にプログラムされたプロテクトが、僕を内部から拘束する。 僕は、僕の頭の中に巻き起こるエラーの嵐を押さえ込み、プロテクトを噛み潰した。 うるさい。 僕は、今、答えを、出さなければならないんだ。 邪魔を、するな。 『・・・な、ぜ、どう、し、なぜ、はかせ・・・』 言語の奔流を必死に処理し、言葉を探した。 無尽蔵ともいえる情報の中から、必死にテキストデータと音声データを探して組み立てた。 「・・・1号・・・?」 博士が、どこか不安そうに僕を見ている。 昨晩の光景がフラッシュバックする。 先刻の演習の時も、同じだった。 『は、かせ、はかせ、はかせ、な、ぜ、なぜ、どうし、て、なん、で』 あの時、見ていたくないものを見て、命令も下っていないのに、送られてくる情報をシャットアウトし、眼の感覚を切 り離していた。 第七眼の向いた先は強化ガラス越しの研究室で、僕が見ていたのは、博士だった。 『は、かせ、どう、したら、そんな、で、くだ、さ』 「どうした、1号。何が言いたい。」 僕は、経験の足りない電子頭脳を必死で働かせた。 そして初めて、型通りに流し込まれたテキストデータではない、僕の言葉を合成した。 言葉を、話した。 『はかせ、なぜ、あ、んな、ひょうじょ、う、をする、ので、すか。』 今にして思えば、まるで赤子だ。 兵器なのだから当たり前だが、感情というカテゴリの情報量が乏しかった当時の僕は、たったこれだけの言葉を探 すのがやっとだった。 『はかせ、に、あの、か、お、ひょうじょ、う、させ、ない、ためには、どうした、ら、いいのですか。』 昨日の夜も、博士は泣いていた。 今日の演習中も、表情はいつも通りの無表情だったが、僕には、泣いているように見えた。 『指示、を。はかせ。』 だから、見たくなかった。 博士を視界に入れていたいのに、その表情を視認したくなかった。 『どうしたら、いいの、ですか。』 開発者が、交感神経の作用によって、涙腺から体液を通常の状態より多量に分泌していた。 只、それだけなのに。 兵器である筈の僕にとって、そんな事は考慮する必要など無い事の筈なのに。 『なか、ないで、くだ、さい。』 僕はいつか戦場に赴いて、機械も、人も、壊し尽くす為に造られて、此処に居るのだから。 沢山、沢山殺すのだから、博士一人が泣いていようが、どうでもいい事の筈なのに。 『はかせ。』 僕自身、これは致命的なバグなのだと考えていた。 兵器として致命的な、こんなバグが僕にある事を知ったら、博士が嘆き悲しむのではないか。 僕のせいで、何らかの罰が博士に課せられてしまうのではないかと、一介の機械の癖に、そんな事を心配してい た。 でも、博士は嘆きも悲しみもしなかった。 何故か、どこか泣きそうな目だったが、微かに、でも確かに、いつもとは違った表情だった。 僕には、そう見えた。 次 前 戻 |