「ねえ、ロイ。・・・背中、流してくれる?」
『・・・了解。』

普段は頸部装甲から小型のマニピュレータを伸ばして、荷物の中からタオルを取り出した。
泉に踏み込んでゆくと、僅かに水底の砂が舞い上がり、濁る。
泉の水にタオルを浸し、小さな背中を流す。
感触からか、冷たさからか。僅かに身じろいだ。

博士の背中には、幾つもの傷跡がある。
いや、背中だけではない。
腕にも、足にも。体中に傷はある。

博士と僕が逃避行を始めてから、もう2年。
初めの頃は生け捕る方針だったらしい政府の指示も、いつしか生死を問わなくなった。
東西の戦争が泥沼化した今では、敵国側に戦局を傾けかねない情報と技術が渡らぬよう、確実に命を狙われてい
る。
かといって敵国側に逃げても、死神の娘として名の知れ渡った博士が命を狙われる事に変わりは無かった。

戦争をしている人間達には少なくとも味方がいたが、僕らは、僕ら以外の全てが敵でしかない。
敵だらけの世界で、博士は生きている。

博士が負った傷。
僕が、まだ僕になったばかりで、実戦経験も浅く、目の前の敵にばかり気を取られて、庇う事や守る事を知らなか
った頃の傷は多い。
敵を倒す事を最優先とした行動をとり、戦闘が終了したときには博士が負傷していたなんて事は、一度や二度では
なかった。
機体の機能を十分に発揮する戦い方をしていれば、博士を守ることが出来ない。
博士は、自分には構わなくていいと言ったが、僕は、博士が傷つくのが嫌で仕方なかった。

やがて僕は学習を繰り返し、本来の戦闘とは違った戦闘をすることで博士を守れるということを覚えた。

それでも、それまで、僕が、守れなかったから付いた、傷。
背中を流すのを止め、既に癒えているその背中の傷跡を、少なからぬ後悔の念に圧され、マニピュレータの先で、
そっとなぞった。

「ひゃんっ!?」

明らかに痛みからではない声を上げた博士が、抗議するような目で見上げてきた。
しかしその頬は、冷たい水に晒されたというのに先程よりうっすらと熱を帯びている。

「・・・する、の?」

そんなつもりでの行動ではなかったのだが、暫く考えた後、僕は何も言わず、頷いた。
博士も何も言わず、水の中から腰を上げた。
皮膚に水の筋が幾つも流れ落ちる。

体を拭いた後、博士は荷物の中から厚手の布を引っ張り出して木陰に敷き、座った。
細い腕が、分厚い装甲に覆われた頸を抱き寄せる。
マニピュレータで未だ水気を含んだままの髪を梳き、心拍数が上昇したのを感知した。

胸部のハッチを開き、幾本かのケーブルを伸ばす。
そのまま蛇のように蠢くケーブルを、ずるずると皮膚に這わせた。
日に焼けていない肌の白い部分を、それとは対照的な黒いケーブルが蹂躙し、博士はそれを受け入れ、身を委ね
てゆく。
皮膚の敏感な部分や膨らみの先端をなぞる度、博士の体がぴくりと震え、頸に回されていた手に一瞬力が入る
が、徐々にその力は抜け、筋肉の強張りが緩んでゆく。

完全に手の力が抜けきる前に、肩装甲から出した中型のマニピュレータでそっと支える。
小柄な体はとても軽く、下手に扱えば崩れてしまいそうなほど柔らかい。
その体に這わせるケーブルを更に増やした。
そっと抱きしめるように四肢を束縛する。

博士が、切なげな表情で、赤い半透明な保護カバーの奥にある僕のメインアイセンサーを見つめた。
それだけで僕は、まるで体の中の全ての回路が焼けてしまうような錯覚に陥る。

本当は、止めるべきだ。

安全を確認したとはいえ、周囲を警戒するセンサーの出力を必要最低限にしてしまうほど、博士に集中してしまう。
こんな行為は博士にも僕にも不要だし、無意味だ。
博士の体に、無駄な負荷を掛けてしまう筈なのに。
なのに、止めたくない。

『・・・アリス・・・。』

うっすらと汗を滲ませて、赤く火照った顔で照れたように微笑む。
「こういう時だけ名前で呼ぶの、やっぱり、ずるい。」
『無意識領域下での言語エラー動作だと判断します。改善しますか?』
「・・・しなくていい。」

一本のケーブルの先。キャップをかぶせたままのプラグを、博士の秘所に這わせる。
「ん・・・っぁ・・・。」
既に粘液が分泌されて十分に潤っているその場所に、ゆっくりとプラグを挿入してゆく。
入っていった質量の分、透明な体液が溢れ、滴った。
このケーブルは本来、他のコンピュータと接続するときに用いるものだ。
これを通して博士から何が得られるわけでも、博士に何を送れる訳でも無いが、何故か、このケーブルを用いる事
が適切なのだと、僕は判断していた。
中の感触が伝わってくる訳ではないけれど、これまでの経験で大体どの辺を刺激すればいいのかは理解してい
る。

中でケーブルを捩らせる度に悶えて甘い声を漏らし、時折びくりと体を震わせる博士は、とても愛らしい。










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