戦闘

「・・・どうやら、うまく誘導できたな。」

辿り着いた河川敷に人影は無く、戦闘を行っても騒ぎになる事は回避出来そうだ。
だが、こちらの武装は対人を想定した低威力のものしか搭載されておらず、奴の武装は先程からの破壊活動を見
る限りではおそらく、ある程度ならば金属装甲すらも破壊対象とするような高出力兵器だ。
機体の機動性、耐久性こそ同程度だが、反射速度、視覚認識速度、その諸々の他センサーの精度は、私のそれ
を上回っている。
性能の差は歴然だ。勝てる確率は限りなく低い。
ならば私は何故、「答えることは不可能だ」などと、答えを曖昧にし、はぐらかすかのように不明瞭な言動をとったの
だろうか。
いや、無意味な思考に電子頭脳のキャパシティを割いている場合ではない。
奴を行動不能にしなければ、私の任務は遂行できないのだ。

プラズマガンの銃口を向け、撃った。
奴の反射速度に対して、精密な照準など合わせるだけ無駄だという事は、既に学習している。
とにかく今は、弾幕を張るしかない。
しかし、奴の手がブレードに変化し、巧みにプラズマを反射、拡散させながら間合いを詰めてくる。
このままでは被害を拡大させるだけだと判断し、私は再び逃げに転じた。
機体の性能、搭載された火力のみで判断するならば、勝ち目はない。

だが、奴の疑似皮膚の耐久性が私と同程度であり、内部構造に大きな差異が無いのならば、以前潜伏していた
あの場所に隠しておいた『あれ』を使えば、勝機はある。
今はとにかく、逃げなければ。





加熱、苛烈

背後から銃撃してくる奴の射撃精度があがっている。
私の行動パターンから次の動作が読まれ始めているようだ。
足の駆動系の一部が損壊し、頭部の偽装皮膚の一部が削げ落ち、次の衝撃で右膝の膝関節が破壊され、私の
機動力は著しく低下した。

右足を引きずる私の後ろに、奴が近づいてくる。
だが、その動きは緩慢で、表情筋を強ばらせたその顔は、笑顔にすら見えた。

笑顔? 馬鹿馬鹿しい。機械が笑ったところで一体何の意味があるというのだ。

じりじりと、距離を詰められてゆく。
構えた腕は弾かれ、次に狙われた頭部を庇った腕もまた損傷を受けた。
一歩、また一歩と、こちらに近づいてくる。

これに似た光景を、どこかで記憶している。
どこ、だったろうか。
ああ、そうだ、あいつが好んで視聴している動物番組だったか。

ひきつったように口角をあげた口から覗く犬歯。
限界まで見開かれた目。開いた瞳孔。
極限の状況下における状況把握、戦闘用プログラムの実行により、過熱して処理能力の低下した電子頭脳が曖
昧な処理をした結果として、肉食獣と奴の認識イメージが重なった。

ここまでか。
私はここで破壊され、任務を果たせずに機能を停止するのか。
奴が次に狙うのは、あいつか。
あいつは、生命活動を停止するのか。
あいつが、死ぬのか。
私が壊れれば、あいつが死ぬのか。
死ぬ。
任務。
あいつが。
死ぬ。

過熱しきったからだろうか。電子頭脳の処理機能は錯乱状態とも呼べる状態にまで落ち、通常の思考さえも許さな
かった。

しかし、次の瞬間、鈍い音とともに奴が動きを止め、後ろを振り返った。
その視線の先にいたのは

「おーい、こっちこっち! 殺せるもんなら、殺してみなさいよ!」

理解不能だ。何故、あいつが此処にいる。
どこから拾ってきたのか、握りこぶし大の石を幾つも奴にぶつけ、注意を引いている。
さしたるダメージを与えられているわけではないが、それでも奴の攻撃対象は私から奴へと移った。

その隙に、ひしゃげた足を引きずり、目的地点までの移動を再開した。
あいつが殺されるのは困る。
だが、あいつが簡単に殺される訳がない。
そんな事は、私が一番よく知っている。

いつしか、加熱しきっていた筈の電子頭脳は、その機能を取り戻していた。


過熱は未だ、冷めやらぬままであるというのに。