下降、河口

寄せては帰す波が、遠くに見える潮流が、まるで生き物のようにうねっている。
朝日に照らされた河口近くの海水は、決して綺麗だとは表現し難い難い色をしていたが、あくまでも海は海であ
り、若い男女が連れ立って砂浜を歩く様は、端から見れば恋仲に見えないこともなかったかもしれない。
しかし、それはあくまでも、人の形をした黒こげの物体を抱えていなければ、の話である。


「・・・さて、河川敷沿いに海まで来てしまったな。」
「ねえ、なんでさっきの爆弾、今まで使わなかったの?」
「広範囲を巻き込むような破壊行動は、建造物を破壊する恐れがある。それと、実戦配備する前にお前の住居に
拠点を移したからだ。」
「じゃあなんでさっき、わたしごと爆発させなかったの?」
「奴の機能を停止させることを優先したからだ。不確定要素が多すぎる。状況が安定するまでお前の殺害実行は
中断すべきだと判断しただけのことだ。」

銃口を逸らしてしまったことも、それが要因で発生した動作不良だと結論付ける事にした。

「そっか。で、その人、どうするの? 」
「可能であれば、少々、聞き出したいことがある。」
「え、何、なに?」

「・・・私の後続機である可能性が高い貴様に、情報の開示、共有を要求する。なぜ私が、貴様が危険因子と呼ぶ
この人間を殺さねばならないのかについての情報を、貴様は所持しているか。」

「え・・・?」
「所持しているならば、共有情報として開示しろ。」
『危険因子、消去ショキョ、ショウ、キョショ、ウキョ、キョキョ、ショウ、キョ・・・!!!』
「やはり、機械語対話、音声対話共に不可能か。他にも得たい情報は有るのだが・・・この状態では不可能だな。
破壊して何処かに隠蔽する他に無さそうだ。」
「海に沈めちゃうとか?」
「その案を採用する事にしよう。機体に残存したナノマシンも海水に侵食されれば機能を停止し、主要な有機パー
ツの自然分解速度も向上する。」
「じゃあ、早くしないと。どう見ても死体遺棄現場だもん、これ。」
「この近辺は漁場にも海水浴にも適していない。発見される事はまず無いだろう。」

恐らく浮かんでくる事は無いだろうが、万が一を考えて幾つも重りを括りつける。
あいつはといえば、本格的に死体遺棄だねーなどと、呑気に感心している。
最後に残っていた頭部への供給ケーブルを引きちぎらせ、桟橋の先端から出来るだけ遠くへと投げ捨てさせた。
真っ黒な塊は波間に暫く揺蕩った後、揺らめきながら沈んでいった。





家へ

暫く、恐らくは内燃機関に酸素を送る擬似肺臓から零れ出ているであろう大きな泡が幾つも海面に上がっていた
が、すぐにそれも無くなった。

「・・・沈んでったね。」
「そうだな。」
「死んじゃった?」
「機械に対して、その表現は適切ではない。」
「・・・帰ろっか。」
「その表現も適切ではない。」
「なんで?」
「あの家屋はお前の住居であり私は一時的に潜伏しているだけに過ぎな「帰るったら帰るの!」
「・・・うむ。」