3. 紙媒体の 熱源
薄く埃で曇った窓から外の様子を伺った。 外は暗く、小粒の雨が降っていて、屋根から落ちる雨垂れが地面を穿っている。 廃墟と化していたこの街に辿り着いたのが数時間前。 敵の待ち伏せも罠も無く、化学兵器や生物兵器の類が使われた痕跡も無い。 街の中を暫く探索したが人の気配は無く、死体も見つからなかった。 戦線が迫ったのを理由に街を捨てたのか、それとも何か他の要因があったのか。僕達には知る由もない。 建物の壁面には蔦が生い茂り、街路樹は宛がわれていた枠を破壊して成長し、コンクリートで固められていた道路 は草原へと変わっている。 人がいない環境だからだろうか、原生林などからは比較的離れている環境であるにも関わらず、野生生物の生息 する環境が形成されつつあるようだ。 日も落ち、雨も降り出したので、街の建物の中でも一番頑健そうで損傷の少ない図書館で休息を取ることにした。 街を調べて回った時、要所要所に僕の感覚器官の延長とも言うべき小さな遠隔センサーを幾つか仕掛けておい た。 僕の感覚とリンクしているから、視野が一気に何千度も広がり、その他の様々な情報の流入量も何倍にも膨れ上 がっている。 これで街の中に入ってきた敵は全て感知出来る筈だ。 本来は消耗品として使用する装備だが、補填出来る見込みなど全く無いし、残りも少ない。 それにも関らず、以前急襲を受けた時は回収出来ず、幾つも失ってしまった。 これからの為にも、今回は回収出来るといいのだが・・・。 ともかくこれで滞在する準備は出来たし、この街の中で敵と出くわす心配は無くなった。 街中は高低差の激しい入り組んだ地形でありながらも車両の通行に適しているのだから、襲撃されたらこちらが不 利だ。ここまでやらなければ、不安でしょうがない。 敵襲に備えてなるべく安全な場所を探し、本棚の陰に博士を隠して休ませる。 本棚の立ち並ぶ図書館内は僕が身動きするには少し狭いが、隠れるには丁度良いし、一旦地下階に潜って別館 の資料庫や屋外に脱出する事の出来る地下通路も有った。 多少の雨水は溜まっていたが、問題は無い。上出来だ。 久しぶりにまともな屋根の下で博士を休ませられる事に安堵しながら触角に似たセンサーを揺らし、周囲の警戒に 戻る。 博士に指摘されるまでは気付きもしなかったが、どうにも最近触角を揺らすのが僕の癖になっていたようだ。 揺らすことに意味など無いのに何故触角が揺れるのかは、僕にも分からない。 気が付いたら、揺れているのだから。 次 前 戻る |