6. ましろき ざんげ



私は、


いや、やめておこう。
こんな事を考えていたら、また彼が心配してしまう。

そうは思うのだけれど、しかし、それでもやはり思考せずにはいられず、微睡みに落ちゆく虚ろな意識の中、私は
記憶を反芻する。


あれは、いつの事だっただろうか。
月の明るい晩だったのか、それとも薄く明かりを灯していただけだったのか。
彼と違って曖昧な記憶力しか持たない私は、そんなことすらも思い出せない。
彼ならきっと、なにもかも、明確に記憶しているのだろう。

ぎこちなかった彼の知能は学習を重ねるうちに発達し、円滑なコミュニケーションをとれるまでになった。
彼はもう、明確な自我を持ち、感情を備えている。

だから、だろうか。
最近私は、彼と接する度に、会話する度に、触れる度に、感情を感じる度に、守られる度に、胸が苦しくなる。
この感覚の要因に、見当はついている。
だから、言ってしまおう。今夜。
焼け付くような陽光の中、彼の背中で私はそう決意した。
この苦しさに、耐えきることができない。
それに、今の彼ならもう、理解できる。

夜半、休息をとるために身を潜めたそこが、不景気な育ち方をした草が疎らに生える、荒れ地の岩影だったことは
覚えている。
私は岩に背をもたれて座り、彼はその前で私の方を向いて、時折触角を揺らしていた。

さっきから何度も口を開こうとしているのに、やたらと口が渇く。
何度水を口に含んでも、すぐに渇いてしまう。
言えそうにない。でも、言わなくてはならない。
それに、言ってしまえば、きっと楽になれる。

「・・・ロイ。」
『何ですか、博士。』

意を決し、深く、ゆっくりと息を吐いてから浅く吸って、言った。

「ロイ。私はあなたを、利用しているだけなの。」

精神が圧搾されるかのような痛み。
ああ、これが、良心の呵責というものなのだろうか。
胸が、押しつぶされるようだ。
いっそこのまま、つぶれればいいのに。


始まりは、ほんの7、8年前。
まだ父も母も健在で、私が白衣なんか着なくてもよかった頃。
子供心に、周囲の人々から信頼を得ていた父の背中は大きく見えて、私はよく、こう言った。

「わたし、おおきくなったらおとうさんみたいになりたい!」

図らずも、その願いはすぐに叶ってしまった。
学校に通えたのは、初等部の間、少しだけ。
普通の子供が掛け算を覚える頃にはもう軍にいて、普通の子供が初等部を卒業する頃には、そんな普通の子供を
何人でも殺傷できる兵器を造り出していた。

「これは、おまえの為でもあるんだよ、アリス。」

国の為に、生きていくために、庇護を得るために、必要な事なのだと父はいつも言っていた。
父の言葉は、今でも私に重くのしかかっている。
いや、私が、自分自身への便利な言い訳に使っているだけなのかもしれない。
軍に阿ることによって得られた命の保証。
未だ重くのしかかっている、その代償。
軍に生かされ、軍の為に生きることしか許されなかった。
それがどういう意味なのか、理解しないままに。

新しい設計図を書く度、兵器を造る度、父は褒めてくれた。
私は父が大好きだったし、父に褒められることがうれしかった。
父みたいになれたのだと、そればかりを喜んだ。
だから、軍に言われた通りに、軍に命じられたとおりに、造った。造り続けた。

母が事故で死んだ後、父は狂ったように研究に没頭した。
元々奇抜な理論や設計を評価されていた父だったが、高出力すぎて実用になどとても耐えられないような兵器
や、まともに作動すらしない機械をたくさんつくるようになっていた。
周囲の困惑は、相当なものだった。

「おお、新しい兵器の設計図か。えらいぞ、アリス。これでもっとたくさんの敵が殺せる。」

そう言った父と目があったとき、生まれて初めて、背筋が凍るほどの寒気を感じた。
その目はもう、私なんか見てはいなかった。
只、破壊に狂っていた。

その目にようやく私は、自身のやってきた事を、築き上げてきたものを自覚した。
私が書き上げた紙切れ一枚で、私が組み立てた機械一つで、幾人もの人間が苦痛の果てに消えていくという事の
恐ろしさを。愚かしさを。
その罪が、罪にならないということの罪深さを。


もう、後戻り出来ないのだということも。


父が殺されたと聞いたとき、不思議と何も感じなかった。
葬儀が終わり、追悼式典が終わって、多くの人々が私に同情と哀れみの言葉をかけてきたが、何も、感じなかっ
た。
あれはもはや、父ではなかったのだろう。

もしかしたら、一番安堵していたのは軍の上層部の人間かもしれない。
祀り上げた人間の失墜など、とても表ざたに出来るものではない。
父の死が当時横行していた敵国による暗殺などではなく、狂気の露見を恐れた軍によるものだったとしても、何ら
違和感はない。
今更確かめることなど、出来ないけれど。


国は疲弊し、大量生産大量消費のロボット製造が衰退の一途をたどり、人間が戦争の主戦力となっていった。
私はもう、疲れきっていた。
何もかもに嫌気がさして、なにもかもがどうでもよくなった。
もうこんなことやめたいと思っても、ここを出る事など、出来るはずがなかった。
ここは、私を守る要塞であり、閉じこめるための監獄だったのだから。

そして、時は来た。
ロイを、造る時が。

上層部の命令で、敵を完膚なきまでに壊滅させる為の、一騎当千の兵器を求められた。

込められる恨みを全て込めて。
残された先端技術の全てを、ぐっちゃぐっちゃに、我武者羅にかき混ぜて。
性能と効率のみを求め、生み出されたものは、まさしく異形だった。

軍にはある程度の自律思考を持たせるよう求められたが、それでも、電子頭脳だけは最後まで躊躇った。
それは生みの親としての、愚かな情だったのだろうか。
それでも、最後は自暴自棄になったかのように、持てる技術の全てをねじ込んで、ぶちまけて、電子頭脳を造り、
載せた。

ヒトの操る、只の兵器でいられたならば、楽だっただろうに。

1号機の性能は、私の予想を遙かに上回った。
まさか、組み込まれた本能とも言える初期設定の、その中でも一番強固なはずの軍の行動制御プロテクトすら押
さえ込むほどの自我を得ようとは。
想定していた範囲を超えて暴走した知能。そして、自我。
想定外の方向性を得た頭脳の成長。

これなら、ここを出られる。
1号機を利用して、ここを出よう。
逃げてしまおう。なにもかもから。

それは突発的な考えだったかもしれないし、最初からそれをどこかで想定していたのかもしれない。
自由を得て何がしたいわけでもなかったが、とにかく外に出たかった。
鬱屈したこの穴蔵の中で、己の手を汚さず人を殺し続ける事に嫌気がさしていた。










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