終. 最期の刻、来る



ころしてくれるってことは、さいごのそのときまで、さいごのいっしゅんまで、ずっとずっと、いっしょってことだよね
そういってお前は、 いつも





とある病室の一室。
白いベッドに横たわる一人の老婆を見舞う、一人の老人がいた。
ベッドの傍らの花瓶には、病院近くの花屋で購入されたとおぼしき、病室に見合う程度には大人しめで、それでい
て少しだけ華やかな花束が生けられている。

「体調は。」
「ええ・・・今は、大丈夫よ。」

老人は、ベッドの横に置かれていた椅子に座り、老婆を暫し、まじまじと見つめた。

「・・・随分と、お前は老いたな。」
「あなたは随分と、特殊メイクが巧くなったわね。」
「仕方がないだろう。そうでもしなければ、不自然になってしまう。」

老人は、僅かに少しだけ、困ったような顔をした。
老婆はそれを見て、くすくすと笑う。

「・・・ねえ、元の顔、久しぶりに見せてくれないかしら?」
「・・・今、か?」
「いけない?」
「・・・いや、問題無い。・・・・・・・・・これでいいのか。」
「そうそう。久しぶりに見るわね、あなたの顔。」
「老いもせず、表情の変化も薄い。何度も見る意味など無いだろう。」
「そんなこと無いわ。わたしは嫌いじゃないわよ、あなたの顔。」
「・・・そうか。」
「・・・でも、顔は変わってはいないけど、あなたは出会った頃とは随分変わったわよね。」
「私は変わってなどいない。」
「いいえ、変わったわ。」
「そうなのか。」
「そうよ。」

老婆は穏やかに微笑んで、男は少しだけ、辟易したような表情をした。

「・・・お前は、変わっていないのだな。」
「変わったわよ。身も心も、すっかりおばあさんじゃない。」
「いや、変わっていない。」
「そうかしら。」
「そうだ。」

「・・・ふふっ、あなたのその顔を見ていたら、昔のことを・・・思い出しちゃったわ。」
「いつの事だ。」
「あなたと、まだ出会ったばかりの頃。」
「む・・・。」
「あの頃は、楽しかったわねぇ。」
「あれがか。」
「ええ。毎日毎日どたばたと。・・・楽しかったわ。」
「・・・そうか。」
「ええ、そうよ。」

目を細めて穏やかに微笑み、遠い日々を想い、老婆は追憶に浸る。
男はいつも通りの無表情で、それを見つめていた。
老婆は、あの日から片時も忘れることの無かった約束を、男に問いかけた。

「ねえ、今からでも、わたしを殺してくれる?」

「・・・数十年間、何度試したと思っている。」
「そう、よね。・・・でもね、わかるの。わたしはもう、長く、ないから・・・。」
「お前らしくもない発言だ。気分が悪いなら、今、看護士を・・・」
「いいから・・・側にいて。・・・お願い。」
「・・・分かった。」
「・・・ありがとう。」


「側にいてやる・・・だから・・・・・・・・・死ぬな。」


「・・・そうね・・・あなたに、殺されて、あげられなく・・・なっちゃうもの・・・ね・・・。」
「・・・そうだ。おまえが死ねば、私はおまえを殺せない。」
「わたしは・・・生き過ぎちゃった・・・わね。本当は・・・あのとき、あなたに殺されて・・・あげなきゃ・・・ならなかったの
に。」
「・・・そう、だな。」
「でも・・・あなたと出会って、一緒に暮らして・・・幸せだった。」
「お前を殺すために現れた、人ですらない存在だというのにか?」
「ええ、そう。本当に・・・いつ死んだって、いいくらいに・・・ね。」
「・・・理解不能だ。」
「ええ、ほんとに・・・そうね。」
「ああ、本当に、不可解で、理解不能だ。お前は。」

「・・・でも、あなたも・・・何も言わなくても・・・もう、わかっているんじゃないかしら? 幸せの、意味も・・・理由も・・・。」
「・・・私は・・・。」


容態の急変。
意識レベル、脳波、心拍数、呼吸数。あらゆる数値が急激に変動してゆく。

「・・・わたしは、いつまでも、あなたを・・・・・・・・・。」


弛緩してゆく身体。消えゆく意識。
何かを繋ぎ止めるかのように、男は老婆の手に触れた。
しかし、肉体の内に確かにあった筈の形の無い何かは既に肉体から抜け出た後であり、筋肉は弛緩し、体温を保
つ事を放棄した肉体が、その温度を急激に下げてゆくだけであった。
心肺機能の停止により酸素の行き渡らなくなった細胞が、次々と死んでゆく。
老化の進んだ肉体が蘇生不可能な領域に達するまで、大した時間は掛からなかった。

ある基準に於いては曖昧な死を、ある基準に於いては完全な死を、男は認識した。


男の体の中のどこか、埋め込まれた何かが、歯車が噛み合うかのように整合した。


『簡易型時空転移装置試作型、作動』










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