8. 束の間の 楽園



『・・・ここですか?』
「んー、もうちょっと右。・・・うん、そこでいいわ。」

古びた木製のテーブルを石畳の上に下ろした。
同じように古びた椅子を博士が運び、テーブルの横に置いた。

「あと足りないのは・・・テーブルクロスね。探してくる。」

そう言って博士は、軽快な足取りで老朽化した建物の中へと入っていった。
ぎしぎしと、朽ちかけの木材が軋む音が聞こえる。
床板が腐っていて踏み抜いてしまったりはしないだろうか、天井が崩れてきたりはしないだろうかと心配になるが、
博士だってそのくらいは心得て行動しているだろう
と、僕は自分を納得させた。
それに、あまりとやかく言うと、博士が楽しそうにしているのを邪魔するようで気が引ける。
第一、いくら博士が心配でも、僕は中には入れない。
こんな崩れそうな建物の中に僕みたいな重量が入り込んだら、床板は勿論の事、建物自体が崩壊してしまいかね
ない。

しかし、そう判断したけれどもやはり心配で、廃墟内部の音を拾い、熱源を追ってしまう。
ばれたら、余計な心配はしなくていい、と、文句を言われるかもしれない。
多分気付かれる事なんて無いだろうけれども、何となくばつが悪く、博士の方など伺っていないという風を装って僕
は周囲を見回した。

昨晩僕らが辿り着いたのは、放置され、訪れる人も管理する人も居なくなった別荘地だった。
結構な年月放置されていたようで、木材が腐っていたり煉瓦が崩れたりしていて、壁が無くなっていたり、屋根が
落ちているものもあった。
それでも、人為的に持ち込まれて作られた植物の分布はさほど崩れていないようで、庭園に植えられた色とりどり
の草花は土着の雑多な植物群と混生し、野生化しながらも園芸品種らしさを失わず、そこに植わっていた。

「ハーブティーが飲みたい。」

そんな草花を眺めて、そんな事を言い始めたのは今朝の事だ。
しかも、かなり本気らしく、あちこちの廃屋を回ってティーセットを探し始めた。
別荘地だけあって高級そうなティーセットがあったにはあったらしいけれど、陶器のほとんどは建物の崩壊と共に割
れていて、銀食器等は酸化して真っ黒になっていたらしい。
ポット、ティーカップ、ソーサー、スプーン等、ちぐはぐでも一揃えするのに結構な時間がかかってしまったけれど、も
うすぐ午後の3時だから、結果としては丁度よかったのかもしれない。

博士が、廃墟からテーブルクロス代わりになりそうな布切れを探し出してきた。
レース等は悉くボロボロになっていたが、仕舞い込まれていた真新しい真っ白なシーツは、まだまともな状態で残
っていたらしい。
綺麗に端を切り揃えると、なかなかそれらしいものになった。
白いし、それなりに耐久性もありそうな布だから、使い終わったら、後で白衣の補修にも使用するらしい。

「ロイはお湯を沸かしておいて。」
『了解。』

石畳の上でブロック塀を組んでコンロを作り、レーザーで薪を軽く焼いて火を付け、水を沸騰させる。
庭園では、博士が植物を採集している。
適切に種類を選択して適切な部位を採集しているのだろうけれども、植物に関する知識の乏しい僕には、ただ無造
作に毟っているようにしか見えなかった。
成分を分析すれば食用可能か位は判別できるけれど、それがお茶になるかどうかなんて分かりっこない。
僕が、博士が植物に詳しいなんて知らなかった、と言うと

「母さんがね、そういうの、詳しかったの。」

と、一言だけ言った。
人間にとって有用な植物が多く自生している庭を見て、どこか懐かしむように、穏やかな表情をして、そう言った。
僕にとってその答えは、意外なものだった。
博士が父親の話をする事はあったが、母親の事を話すのは、とても珍しい事だったからだ。
僕の中には博士に関するパーソナルデータがインプットされているけれど、博士の父親に関するデータはあっても、
母親に関するデータは殆どと言っていい程存在していなかった。
事故で亡くなったという事は博士からも聞いていたが、只それだけで、何の事故だったのかすらも聞いてはいない
し、データにも記述が無い。
恐らく、軍の関係者の親族ではあったものの、本人自体は軍の人間では無かった事と、僕が作られた頃には既に
故人だったという事がその理由だろうと、僕は判断していた。

博士の母親の画像データすら見た事が無いけれど、博士は父親であるザハロフ博士とは外見的な類似点が少な
いから、きっと母親似なのだろう。










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