白磁のティーポットからカップへ、薄く色付いた湯が注がれてゆく。
普段はさほどおいしくなさそうに食べている固形栄養食も、お茶菓子代わりにすればそれほど悪くもないようだ。
とっておきの非常用ビスケットの封を開けるかどうか迷っていたが、楽しみを一度に消費してしまうのはもったいな
いから止めたらしい。

「・・・母さんがよく淹れてたの。このハーブティー。」

湯気に乗って空気中をふんわりと漂うハーブの成分は、僕にもどこか、優しい匂いのように感じられた。

「昔はね、こんな変なお茶のどこが美味しいんだろう、って思ってた。」
『今は、違うのですか?』
「うん。・・・なんか、おいしい。」

理由はきっと、成長に伴った味覚嗜好の変化だけではないのだろう。
それだけは、僕にも分かった。
カップの中の小さな水面に、僕には決して見えないものを、博士は見ているのだろう。
こんな時間を過ごしたことが、きっと過去にもあったのだろう。
僕が知っている博士は、僕を作り出してからの博士だから、逃げ出すまでは、研究所での博士しか知らなかった。
博士は、ひたすらに憔悴し、空虚になった少女でしかなかった。

こんな風に日の光を浴びて、満ち足りた、穏やかな時間を過ごしていたであろう頃の博士を、僕は知らない。
博士は、研究所から逃げ出したかったのだと言っていたけれど、本当は、ただ、こんな風に過ごしたかっただけな
のかもしれない。

あの頃は望むべくもなかったものが、今、確かに、ここにある。
けれど僕たちは、それを手に入れる事が許されないらしい。

別荘地の入り口付近に仕掛けたセンサーは、何者かの接近を感知していた。










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